臼井先生に初めてお会いし、「しあわせ運べるように」を聞いたのは2007年の秋、明親小学校の合唱団の練習にテレビディレクターとして取材でうかがった時のことです。子どもたちの歌声にただ涙しました。撮影した映像を見て編集室で一人泣きました。甲子園で生まれ、東灘区住吉で育ち、ルーツは被災地のど真ん中ですが、震災当時は東京勤務。いろんなことが重なり、震災に向き合うことが出来ず。それでも10年あまりが過ぎ、大阪転勤を機に震災の取材を始めた頃に出会ったのが臼井さんでした。神戸のために何もしてこなかった自分を悔いるとともに、ここから始めようという“強い心”をいただきました。その気持ちは消えることはありません。それが歌の力だと思います。最近は歌を聴いて、泣くこともなくっていましたが、また涙してしまいます。それを力に歌を、臼井さんの思いを50年後、100年後に遺すことが出来るよう自分にやれることをやっていこうと思います。
歌をたずさえての福島や気仙沼への旅、楽しかったです。ありがとうございました。
京田光広 60代 兵庫県神戸市 実行委員会発起人
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